直線上に配置

Q & A

イラスト:Mr.Nagasaki


読者からの質問

質問その10 (改善効果) 2005/8/1
質問その11 (無痛診断) 2005/8/1
質問その12 (副交感優位) 2005/8/13
質問その13 (交感緊張) 2005/8/13
質問その14 (副交感反射) 2005/8/21
質問その15 (ここ10年位の人の身体) 2005/8/21
質問その16 (ウツに関して) 2005/9/7
質問その17 (ストレス) 2005/9/15
質問その18 (繰り返す肩コリ) 2005/10/10
質問その19 (ガンと足揉み) 2005/10/17
質問その20 (腰痛) 2005/10/23
質問その21 (坐骨神経痛) 2005/11/5
質問その22 (帝王切開と頭蓋リズム) 2005/12/31
質問その23 (噛み合わせ) 2006/4/6
質問その24 (足で身体を踏む) 2006/6/15
質問その25 (道具を使って足を揉む) 2006/6/15
質問その26 (五十肩の方の経過) 2006/6/15
質問その27 (大腿部外側の痛みとシビレ) 2006/12/22 up
質問その28 (ヒップアップ) 2006/12/22 up

   Q&A バックナンバー 質問その1〜その9

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★ 質問その10 2005/8/1

施術2〜3回目くらいまでは、順調に良くなっていくのですが、それ以降、中々、改善が進みません。このようなお客様が何人かいるのですが、どうしてなんでしょうか。また、どうすればいいのでしょうか?(要旨)

答え

スポーツなどの世界ではよくプラトーという言葉が使われます。プラトーというは「練習の高原」とでも訳せるでしょう。同じことが、受験勉強にも言えて、私が受験生の頃にはよくこの言葉を聞きました。意味するところは、実力というのは一本調子に上がっていくものではなくて、ある程度までいくと、そこで踊り場的な停滞期が続いて、そこから脱してまた、実力が上がっていく、というくらいの意味なのですが、これはリッパな心理学用語の一つだそうです。さて、人の身体にも同じことが言えるのです。ある程度までは良くなるのですが、そこからさらなる改善にいたるのに、ある一定期間、停滞期に入ってしまうという現象です。増永師の著作にも同じようなことが書かれていて、私はこれはプラトーとよく似た現象だな、と思ったものです。改善が為されるのに、比例グラフのような正のベクトル直線は描かれません。瞑眩反応が出たり、停滞期に入ったりと様々な経過を辿って改善に至るわけです。このことは自然療法家である我々は常に銘記して置かねばならないと思うのです。施術家にとってもクライアントにとっても、一発改善はストレスなく満足できるものなのでしょうが、それほど甘くはありません。
分野は違いますが、かつてキッシンジャー博士が「ロシアは500年という歴史の産物として現在があり、日本は2000年の歴史の産物として今の日本がある・・」と言っていました。キッシンジャー博士の言葉を借りれば「その人は50年の歴史の産物として現在がある」ということになりますから、その人生(歴史)の中で蓄積された歪みの産物として現在の症状、訴に至っているわけです。それをわずか数回の施術で完治させるなんて考えることはむしろ傲慢でさえあります。西洋医学的に対処法がないという前提であれば、続けてもらうより他ありません。停滞期を脱するまで、期間はどれくらいかかるかというのは極めて個別的な問題ですので、予側することはできないでしょう。そこが我々の仕事の難しさでもあるのです。折角のご縁で来院されたのですから、よく説明して理解して頂く努力をして下さい。それでも、納得できないようであれば仕方ありません。ご縁はここまでです。順調に改善されていく方もいますから、エネルギーをそちらの方に向けたほうが、施術者の身心的ダメージは少なく済みます。スパッと割り切ることも必要かと思います。
(中々出来ませんけどね)

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★ 質問その11 2005/8/1

先生のお書きになった「リフレクソロジーの五大原理」を読みました。また、直接、先生の話を聞く機会もありましたが、先生は無痛診断や反射区の存在に否定的な感じを受けます。しかし、周りのリフレクソロジスト達は無痛診断的なことをやっていますし、それがある程度、当ってお客様を感心させたりしています。そこら辺はどうなんでしょうか。やはり、無痛診断はすべきではないのでしょうか。(要旨)

答え

よく拙論を読んで頂ければ分かると思いますが、私は反射区原理(全息胚原理のこと、反射原理と反射区原理とは違いますので・念のため)を否定しているのではありません。人の身体というのは、たった一つの原理によって支配されているものではないという思想が根底にあるのです。反射区の存在は全息胚説によって正当化されます。ただ、医学的な根拠はまだありません。しかし、東洋医学では全息胚説を2千年以上に渡って利用し、診断において成果を挙げているものです。何度もいいますが、それそのものを否定しているのではないのです。ですから、反射区原理に基づく無痛診断、観趾法は有効な場面もあるでしょう。ある原理を応用して、気軽に人の身体の問題点を指摘するというのはあまりに安易過ぎはしないか、という問いかけをしているのです。経絡によって支配されている場合もありますし、足底内在筋の歪み(足心原理)の場合もあるでしょう。それがどのような形で足裏に出るか、これが個人差というものです。そのことを考慮にいれず、単に肺の反射区に角質がついているのを見て「あなたは肺が悪い」といってしまえば、三流の占い師よりまだ無責任です。民間療法とは言え、その時点ではその人の身体を預かっているわけですから、「あなたはどこどこが悪い、そこここに問題がある」などと、お気楽な物言いで言っていいのでしょうか。お祭りの屋台でやる占いのノリではないですか。もっと深刻なのはたまたま当って、施術者もそれなりの風貌、雰囲気を纏っていた場合です。無批判な一群の人たちにとってはカリスマと映るでしょう。そういう人達を精神的支配化におくという事態になれば大変です。数々のカルト、マルチはそうしたものをうまく利用しています。
人間の属性の中で、他人を支配化に置くという欲望が最も醜悪なものです。近代哲学はこれを権力の魔性と呼びました。国家レベルでこれが行われれば、歴史の例に見られるように国民は悲劇のどん底に落ちます。そんなレベルではないにしても、決して少なくはない数の施術者がそういう道に進んでしまっているのを知っているので、クギを刺しておいたということです。ですから、論調として無痛診断に対して否定的だという印象を受けたのではないでしょうか。先日、某カルト教団の教祖が厳しく断罪されました。事件から5年以上経っていますが、今なお記憶にこびり付いているのは、彼が教団拡張の際や、金儲けのため足裏診断と称して、無痛診断を応用したからです。この業界にいる者にとっては痛恨の極みです。

以上のことを正しく認識し、特性や確率性を踏まえた上で行うのであれば問題ありません。
人の身体に触るということは、それがどこであれ、責任を伴うということを自覚して下さればと思います。

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★ 質問その12 2005/8/13

ウツの人の身体は究極の副交感優位状態だと聞いたことがあります。施術は副交感優位状態にするので、さらに活力みたいなものを低下させるのではないでしょうか?(要旨)

答え

ウツ体質はリンパ球の相対的増大、つまり副交感優位過剰であると喝破したのは新潟大学の安保徹教授です。自然療法家や東洋医学関係者にはとても示唆深い自律神経免疫理論を発表しました。私としても大変参考になり、助かっている次第です。
自律神経を切り口として治癒機序を考える場合、自然に起きる自律神経反射というものを考慮に入れねばなりません。
例えば、交感緊張が続く生活をしていた場合、それを生体はどこかで修正しようと副交感反射が起きます。これが、時間的に昼間に起きれば、異様なダルさや疲れ、活力のなさとして表れ、活動に支障をきたしてしまいます。そして、肝心の夜には副交感優位状態が充分ではなく、不眠になり、疲れを残し、そして昼間にまた副交感反射が起き、活力が低下し・・・と悪循環に陥ります。結局は生活のリズムやモノの考え方を根本的に改めないと、繰り返してしまうわけです。生体に備わっている自動補正機能が働いて、破綻を防いでいるわけですが、なんとも調子悪いという体調が日常的となるでしょう。そして、遂には本当の病気になってしまう、ということになります。
逆に副交感優位の人にも言えて、生体の補正機能みたいなものが働き、交感反射が時々起きるのですが、これはウツの程度に周期性があるということからも理解できるでしょう。
さて、これらのことを頭に入れて質問を考えてみますと、ウツ体質の方でも、自動的に交感反射が起きて、なんとか正常な状態を維持しようとしているわけです(ホメオシスタス)。
ところが、何らかの理由(体質としかいいようなない)によって、バランスが取りきれない状態が恒常的になれば、もはや、生体の自動補正機能だけでは如何ともし難く、副交感優位が常態となるでしょう。そこで、交感神経を刺激する施術を行えば、バランスがとれるのではないかと思われるでしょうが、確かに一時的にはそうです。しかし、生体機能が働いて副交感反射が起きてしまい、もとに戻るか、もっと悪化します。躁状態の後にくるウツが深刻な所以です。むしろ、副交感神経を刺激して、もっと副交感優位にさせ、それをきっかけにして、交感反射が起きるように仕向けねばなりません。そのほうが、自然ですし、より生体の持つ治癒力を活かすことができるからです。我々のような自然療法家は生体に対する最低限の干渉によって、自然治癒を促すということが本義なのですから。身体のもつ仕組みを利用するということです。

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★ 質問その13 2005/8/13

そうすると、交感緊張気味の人に対してはさらに交感緊張を与えて、リバウンドとしての“副交感優位”にもってくるという施術の方が自然であると考えていいのでしょうか。回答の趣旨から、そのようにしか理解できないのですが・・(要旨)

答え

交感緊張気味の人に対してさらに交感緊張を与えて・・云々・・というのは日常よく経験しているところです。例えば、サウナなどに入りますと、交感緊張の極限に至って、さらに水風呂に入り、もう一段緊張度合いが増します。しかし、その後の反動、即ち、副交感反射が起きて、得も言われぬ気だるい心地よさに包まれます。このときのリラックス感は経験した者でないと分からないでしょう。ご経験がありますか?若し、ないなら一度お試しを。さて、おっしゃるとおり、交感緊張に誘い、リバウンドとして副交感反射を起こすことはサウナの例のように可能です。しかし、施術でこれを行うというのは二つほど問題があります。まず一つは「基本的に出来ないのです」。初心者が下手クソな施術をすれば、そのような交感緊張に誘えますが、技術が磨かれてきますと、動きが滑らかになり、よりリズミックになります。規則正しい(人間のもつゆらぎはあるにしても)リズミックな刺激を受けますと、人というのは副交感優位になるのです。熟練すればするほど、交感緊張させる施術はできなくなってしまわけです。技術レベルを下手クソなまま留ていなければなりません。こんなこと、意図的に出来ますか?
二つ目の問題。実は交感緊張に導く施術の方法は上記の方法だけではありません。要するに絶え間ないストレスを与え続ければいいのですから、施術の場合は「痛み」を与え続ければよいということになります。実際、そういう施術も存在します。さて、この方法の問題点は、本当の病人には刺激が強すぎ、ただ痛いだけで、反応が見込めないというところにあります。向く人たちというのは、東洋医学でいうところの「実証」タイプの人達でこれはどこを刺激しても治る人達です。余力があって、交感緊張を一つのリバウンドとして副交感優位に誘える不健康な人というのは限定的なのです。ですから、交感緊張気味の人はリバウンドなど利用せず、直ちに、副交感に導く施術を行うべきで、そのほうが、守備範囲は広がります。

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★ 質問その14 2005/8/21

先ほどから副交感反射が起きて気だるくなるとか、活力の減退みたいなものが起きるとかいう反面、サウナの例のように気だるい心地よさに包まれるとか、言われています。要するに副交感反射が起きたら、リラックスするのですか、だるくなるのですか、どちらなのですか?(要旨)

答え

ごもっともなご質問です。人間の身体というのはそれほど単純ではありません。反射が起きる程度や、そのときの体調や体質、時間帯などによって変ります。ですから、同じ副交感反射をこの上ないリラックス感として感じたり、活力の低下として感じたりと様々なのです。どちらの感じ方であってもおかしくはありません。交感緊張が悪で、副交感優位が善ということでもありません。その逆も同じです。生体の活動期と休息期に合わせて最適な体内環境を作り出すシステムなのです。神が作ったのであれば、恐らくもっとも精妙なシステムといえることでしょう。しかし、この精妙なシステムもうまく機能しないときがあります。それは過度のストレスや薬物摂取(交感緊張)、極端な運動不足と飽食(副交感優位)でどちらかの支配が優位になっている状態です。それでは、正常な活動、ひいては健康を維持できません。そこで、自然反射として、行き過ぎた支配から脱する為に交感反射、若しくは副交感反射が起きるわけです。これは自然に起きる現象です。
いずれも手技で人為的に起こすのは副交感刺激なのは述べたとおりです。このとき、質問にありますように異様なダルさと現われる場合があり、これを瞑眩反応と呼んでいるわけです。施術雑感あたりで書いておきましたが、瞑眩を予測するのは難しいものです。即ち、副交感刺激がリラックス感と感じるか、ダルさと感じるかを事前に予測するのは難しいものなのです。どちらに出るかその時点では分からず、初検の場合はその旨、述べておくということが原則になるでしょう。

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★ 質問その15 2005/8/21

私は経験だけは長い施術者ですが、未だに迷える子羊のような程度です。あまり大きなことは言えませんが、ここ10年位の間に人の身体は随分変ったような気がします。うまく言えませんが、なにかこう、治しづらくなったというか、そんな気がして仕方ないのです。未熟なせいなのかもしれません。先生はどのように感じていますか?(要旨)

答え

大変長い間、この業界に従事されているのですね。しかも、表面的事象に捉われることなく、本質的な部分に目を向けておられる。あれも治した、これも治したという自慢話の好きな施術者が多くいる中、とても好感が持てます。満腔の意を持って敬意を表します。
さて、ご質問の趣旨については私も全面的に同意します。確かに昔より(明らかに10年位前から)一般論として、人の身体は変ってきているようです。さらに昔(20年前)から比べると、本当に違いが分かります。これは一体どういうことなのか、私自身も分からない現象でした。ある本には800年周期(900年だったかな)で陰陽の交代があり、それに伴って人の身体も変るとありました。現在は陰の時代に入っており、昔のような方法論では治すのは難しいということです。しかし、いくら私でもここまでくると、ついていけない理論です。陰陽師じゃないのですから。もう少し、納得できる説明はないのかと日々呻吟していたところ、安保教授の自律神経免疫理論に出会いました。これがある程度のヒントになるのではないかと思っています。
本当の昔の人々の大部分は、交感優位、つまり交感緊張型の体質であったと思われます。
いつでも、好きなときにお腹一杯食べるということができません。極端な言い方をすれば、飢えていたということになるでしょう。これが「エサ獲り行動」に向く体質、つまり交感緊張型になる理由の一つです。さらに、労働をアシストする機械類も発達していませんでした。ほとんどの労働は人馬に頼っていたわけです。これも、過重労働となり、交感神経が緊張します。というわけで、昔の人々の体質は交感緊張が基底にあったわけです。
これは被支配層の人々だけではなく、支配階級(侍)も幼少の頃より粗食でしつけられ、しかも、たしなみとして、気を抜く生活を諌められていました。常に気を張り、振舞うことが義務付けられていたという世界でも珍しいほど、贅沢をしない支配階級だったのです。勿論、農民などがやらなければならない過重労働は免れていたものの貴族的生活とはかなり趣きを異にしています。交感緊張型は相対的に短命ではありますが、傷にも強く、元気、活力もあったのではないかと想像できるのです。このような単純な交感緊張型には、東洋医学、とりわけ、鍼灸の効き目が凄かったのではないかと思われます。鍼、灸は直ちに副交感優位へと誘うからです(漢方薬もそうですが、詳しくはありませんので言及しません)。
要するに自律神経的には割と単純な偏り、しかも交感緊張型であったということです。
このような時代が明治維新を経て、なんと太平洋戦争が終わるまで続いたと言えます。戦争が終わったばかりの頃は食べるものがなく、まるで江戸時代の飢饉のような時代でした。しかし、日本は奇跡的な経済復興を遂げ、豊かになっていきました。そうすると、最早、飢えるということがなくなります。さらに輸送、移送機関の発達や労働をアシストする機器類の発明などによって、過重労働からも解放されていきました。人はこのような状態に置かれた場合、エサ獲り行動をする必要がなくなり、副交感優位の状態になります。つまり現代人の体質の基底には副交感が優位になるという環境があるのです。純生理学的にはです。話はここからからなんですが、実は現代という社会は単純ではありません。飢えや過重労働から解放されましたが、人間の性とでも言いましょうか、交感緊張を強いられる機会も増えていきました。団塊と言われる世代は異常な競争社会を生みました。日本の歴史上最も数が多い一群の世代です。なにせ数が多いので、受験や出世に相当エネルギーを使ったはずです。しかし、その前の世代の人達が着々と世の中を豊かにしつつありましたので、競争に敗れて、飢えてしまうような社会にはなりません。まあ、ここら辺までが割と単純な歪みで済んでいたような気がします。どこで変わったか。個人的にはバブル経済とその崩壊あたりから変ったような気がします。失われた10年とも言われていますが、その時代を若い時に過ごした1人として言えるのは、なんともいえない閉塞感と希望のなさが蔓延していたということです。人の心は外へ向くのではなく、内向きになっていたようです。希望に燃えて拡大するのではなくて、生き残りの為という後ろ向きな発想でした。これはバブルの後遺症から立ち直りつつある今でも言えることではないかと思うのです。
さて、飢えや過重労働から解放されているのは現在も変りません。つまり、副交感優位の時代です。問題は三つあって、一つは飢えや過重労働から解放されていることはよいことなのですか、それが、行き過ぎて、飽食と極端な運動不足になってしまう人が多いということです。副交感神経はエネルギー蓄積系としての機能を持ちますが、それが行き過ぎたとき、その蓄積されたエネルギーを消費する方向に向かいます。つまり、あるとき、突然、副交感優位から交感緊張へシフトしてしまうのです。一見、ふくよかな副交感優位タイプの人が過度な交感緊張型へと変身してしまうのです。これは実に厄介です。蓄積され過ぎたエネルギーを消費するのは生体の自然の反応なのですが、この時の身体の不調は施術でどうこうできる問題ではなく、時を待たねばなりません。せいぜい、交感緊張に伴う症状を軽減させることくらいです。或いは、まったく施術の苦痛軽減効果が見られない場合もあります。それほど生体の自然反応というのは強いものなのです。
二つ目。経済新聞などを読んでますと、日本の経済も企業も力強さを取り戻す過程にあるようです。それには随分と犠牲を払いました。つまり、リストラです。リストラされた方も物心両面で大変なダメージを受けますが、残った方も大変です。ある大手企業の中堅幹部の方は先端分野で活躍しておりました。その人の働きぶりといったら、にわかには信じられないくらいです。朝から夜中まで、純粋に仕事しています。日本国内の出張などはほとんど日帰りですし、海外出張も最低限の宿泊しか認められていません。時差など、どうしているのだろうと心配してしまいますが、どうも企業は心配していないようです。大企業にしてそうです。ましていわんや・・また、これも聞けば誰でも知っている大企業に勤めている方の例ですが、その方が言うには、今までの働き方では給料が下がっていく一方で、現状維持しようと思えば、今までの2割増しの仕事をせねばならない。給料を上げて貰おうなんぞと思えば、最低、5割増の仕事をしなければならない・・年齢的にも無理があるし、頑張ったところで、5〜6年後、リストラの対象になってしまう可能性が高い。ということでその方は会社を辞めてしまいました。「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」と歌ったのは植木等ですが、一体どこの国の話だったんでしょうか。
ストレスです。エサ獲り行動もストレスですが、現代人が抱えるストレスは底知れぬほど闇が深いものなのです。スパッと辞められる環境にいる方はまだいいほうです。ローンの残債を抱え、子供の教育費もかかるとなれば、なんとしてでも耐えなければなりません。この時のストレスはいかばかりでしょうか。現在、マイホームパパができるのは一部の公務員くらいでしょう。ご主人の給料だけでは家計が赤字なるということで、奥さんも働きに出ます。本来、家事は重労働なのです。毎日の洗濯、ご飯の支度、掃除、子供の世話・・やろうと思えばいくらでも仕事が出て来ます。この上、パートとはいえ、仕事に出るということは・・女性も大変です。
もともと、飢えるということがない時代ですから、副交感優位でいられる時代なのですが、過度のストレスにより交感緊張を強いられてしまいます。ここに現代の複雑性があって、副交感優位が基調にあるのにストレスという半ば“心”の問題で交感緊張が生まれてしまうわけです。肉体と心が分断されているという状態はそのまま、言葉を変えれば、「歪みが深い」という表現になります。一皮剥いてもまた分厚い皮が出て来るようなもので、質問者の言葉を借りれば「なにかこう、治しづらくなったいうか・・」という表現が一番素直な感想ではないかと思うのです。
三つ目の問題。これは安保教授のベストセラー「医療が病を作る」の主テーマでもあるのですが、安易な薬物摂取が現代特有の問題として、クローズアップされます。先進医療は確かに発達しました。その恩恵を被っている人もたくさんいます。ですから、一概に否定しているのではなく、安易過ぎる薬物の摂取を問題としているわけです。教授の説によると、ステロイドや痛み止めなどが、激しい交感緊張を生み出すとしています。ステロイドを常用するのは一般的ではありませんが、リュウマチや喘息、アトピーなどの疾患を抱えている人達には大変ショックな説ではなかったかと思います。もともと、これらの病気にかかりやすい人達はとりわけ副交感優位の体質です。そこで、ステロイドで症状を押さえているうちに同じ病名でも交感緊張型の疾患に変り、より難治性のものになっていくということです。詳しいメカニズムはその著作を参考にしていただくとして、驚くのはわずか3ヶ月ほどの常用歴で交感緊張型になってしまうということです。これらの病気でステロイドを常用している人達の施術は難儀します。ご経験がおありでしょうね。かといって、医師ではないので止めるように指示することはできません。仮に出来たところで、激しいリバウンドに耐えられるとは考えられません。この問題は、医師が信念を持って薬物からの離脱を指導する以外に方法がないというところに問題があるのです。
ステロイドはやや特殊ですが、痛み止め、特に消炎鎮痛剤の問題はもっと一般的な問題だと思います。一昔前なら医家向けの薬だったものが、今では普通の薬局で買うことができるものが多いのです。湿布系のものから服用のものまで、お手軽に手に入ってしまいます。
差障りがありますので、具体的な商品名は言えませんが、腰痛、肩コリの症状緩和のための塗り薬には強力な消炎剤鎮痛剤が入っているものもあります。それらを常用している方の歪みはやはり深いと言わざるを得ません。なにせ、薬よって強制的に交感緊張させられているのですから。施術をしていると、時々、この種の方々に出会います。使わないと痛いんだ、という理由でやめないのですね。さすがに、医師が処方したものではありませんので、この時ばかりは、止めるようにいいますが・・果たして言うことを効いてくれる人は何割か・・不徳の致すところでしょうね。このような方に限って、副交感反射による血液の再灌流が起こって、離脱までの激しい痛みを訴えることが多いので、往生します。

以上、自律神経の切り口から、現代人の歪みの深さを説明してきました。そして、これが、質問者のいうところの「治しづらい・・」という感想の実相ではないかと思います。簡単にまとめると現代人は飢えや過重労働から解放されているので、副交感優位の基調にある。にも関わらず、それが行き過ぎて、飽食と極端な運動不足になり、突如、交感緊張型にシフトしてしまう。さらにストレスという心の問題から交感緊張にシフトする場合もあって、より複雑化している。トドメは安易な薬物摂取による薬物性交感緊張。これらが複合的に絡み合い、多層構造的に身体に巣食っている状態が現代人特有の体質だということです。

だから、施術も10年一日の如く、同じことをやっていたのでは効かなくなってしまうのです。考え方と技術そのものに進歩が必要な所以なのです。

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★ 質問その16 2005/9/7

ウツに関しての質問がありましたが、もう少し、お聞きしたいと思います。最近、とても多いような気がします。ウツ病まではいかなくとも、自律神経の失調に伴い、ウツ的気分に支配される方がいて、7割方はそうではないかと思います。なにか対処法はないのでしょうか(要旨)

答え

確かに多いですね。気分が沈むようなことばかりの世の中です。時代の反映なのでしょうか。誰でも、ウツ的な気分に支配される時期というのはあって、特に、女性はホルモンバランスが微妙ですから、気分の変動が激しいようです。更年期ウツなどは一般によく知られた現象でしょう。男性でも、更年期障害はありますから、それに伴いウツ的気分に支配されることも多くなってきているのではないかと思います。誰でも経験するようなウツ的気分の場合はいずれ回復するものです。これは特に心配ありません。問題は本当にウツ病になった場合です。社会的にも適応できなくなりますし、最悪の場合は自死してしまうのですからとても問題ですね。これはなった者でなければ分からないと言われており、本人はとてもつらいものだと言いますね。本格的なウツ病は病気ですから専門医による治療が必要でしょう。昔はノイローゼなどと言われ、基本的に偏見の目で見られていたようですが、今は胃潰瘍や糖尿病と同じ「病気」として認められています。早めの受診が必要でしょうね。まず「病気」だという認識が必要かと思います。胃潰瘍や糖尿病を放って置く人がいないのと同じで、ウツを放っておくというのは非常に問題です。
さて、我々、手技法家から見るとこのウツをどのように捉えるか、ということですが、まず、現在の成果を知るべきです。ある程度、そのメカニズムは知られているわけで、このことを知らずして対処はできないでしょう。

セロトニンという生体物質があります。一般には脳内ホルモンの一つであると認識されているものですね。このセロトニンがウツの発現に大きく関わっていると言われております。
簡単に言うと、セロトニン濃度が低いとウツが発現するということです。あまり知られていないことですが、セロトニンという生体物質は脳には2%しかありません。残りは血液中(特に血小板)に8%、そして消化管にはなんと90%という割合で分布しているものです。この分布状態はそれぞれ連動しており、セロトニン濃度を測る場合、わざわざ、脳の中を調べる必要はありません。簡単なのは血液検査ですから、血液中のセロトニン濃度を調べれば、脳にあるセロトニンの濃度が分かるということになります。これによって、処方する薬剤などが決められます。
我々は医師ではないので、血液検査をする意味はありませんが、消化管に90%の割合でセロトニンが分布しているという事実は極めて重要ではないかと思います。
「腹は生の本なり」という古典の格言が蘇ってくると思いませんか。消化管の活性がセロトニンの濃度を高め、ひいては脳の中の濃度を高めるとういうことになります。ズバリ言いますと、腹証が重点となるでしょう。腹証を使わないリフレクソロジストであれば消化器系の反射区が重点となるわけです。実際は反射区もやって腹証もするというのが一番よろしいでしょう。ただ、これは即効性のあるものではありません。若い人などは施術後すぐに元気になる場合もありますが、じわじわとボディブローのように効いてくるものだと思って下さい。入院まで至る重症なウツ患者に病院治療の一貫として腹証なりを取り入れれば、随分と効果があるのではないかと思いますが、医療機関は縄張り意識があって、中々難しいものです。仕方がありません。我々がそのような方を施術する機会があれば、一生懸命やってあげることです。

身体が一筋縄ではいなかないところなのですが、セロトニン濃度が高ければ問題ないということでもないようです。脳にはセロトニンに対するレセプター(受容体)が7種類程あって、それぞれのレセプターに連結することになっています。今、お話した濃度が問題になるのは、ある一つのレセプターについてです。このレセプターにセロトニンがクッツかなければ、ウツが発現するわけです。つまり濃度が低いと、この可能性があるのですね。ところが、また違ったレセプターにセロトニンが付き過ぎると、これまたウツが発現することが分かっています。つまり、濃度が高すぎてもいけないわけです。じゃっ、どうするんだということになりますが、生体の持つ微妙な自律能を改善していくということが結局解決になるわけです。薬剤を使わない自然療法は遠回りのようでいて、このような問題を解決します。勿論、喫緊の問題として早期の治療が必要であるのであれば、薬剤を使わねばなりませんが・・
糖尿病もそうですが、細胞のレセプター異常が問題になることが多いような気がします。これは、遺伝的な問題もあるのでしょうが、きっかけはストレスによる細胞の劣化からくるものではないかと思っています。翻ってこの問題を考えるに、脳のレセプターをそれぞれ活性(正常化)することも肝要ではないかと思われます。これは、リフレクソロジーで脳の反射区を重点として施術を行った結果、ウツ症状が軽減されたという報告が多いことからも分かります。より直接的には脳の一次呼吸(膨張と収縮)の回復を図ることも重要ではないでしょうか。これはオステオパシーの技法が役立ちます。つまり、クラニアル・マニピレ−ション(頭蓋療法)です。

結論として、手技法家がウツに対して取り組む場合、リフレ的には消化器系、脳系の反射区を重点とし、伝統整体的には腹証を重点とし、オステ的には頭蓋療法を行うということになるでしょう。ウツに対する“新三合療法”とでも言いましょうか。或いは、“三位一体改革”かな?まあ、名称はどうでもいいのですが、出来うることを全部やってあげるということです。

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★ 質問その17 2005/9/15

ストレスというのが現代病のキーワードのような気がします。先生の回答の中にもストレスという言葉がキーワードで多く出て来ますし、マスコミでも特集が組まれています。
ストレスと言えば、「副腎」ではないでしょうか。副腎の反射区が重点になる場合が多いのではないですか(要旨)

答え

おっしゃるとおり、副腎から出される特にステロイド系のホルモンは抗ストレス作用があります。これはストレスによって疲弊した身体中の細胞を元気付ける作用のことです。
あまりストレスが続き過ぎますと、副腎の過剰な負担を招きます。副腎自体が疲弊し、機能低下に陥りますと、ストレスに対抗する作用も弱まり、ストレスの影響をモロに受けるという事態にもなりかねません。そこで、副腎そのものの疲労回復を図るという意味で、副腎の反射区を重点とする考え方は間違いではないでしょう。
「副腎」の反射区は「湧泉」というツボにほぼ一致します。湧泉という意味は「命の泉が湧く」ツボという意味ですから、古代中国人は経験的にここを押すと元気が回復することを知っていたのでしょうね。
さて、時代のキーワードはストレスであることは議論の余地はありません。したがって、副腎の反射区を充分に押圧することは、非常に意義のあることだと思います。しかし、ストレスそのものを軽減するものではありません。心によって生じたストレスが肉体的(細胞レベルで)に悪影響を及ぼし、それに対抗するため、副腎が働きます。ということは、副腎はストレスに対する防御システムの一つだということです。この防御システムの破綻を防ぐという意味で有効なわけです。副腎を押圧することによって、ストレスがなくなるわけではないのです。ストレス感受性の高い人は常にストレスを感じ続けますから、副腎を押しても、もぐら叩き状態になるでしょう。ストレス感受性の高さというのは、個人の資質が大きく関わります。いってみれば性格みたいなものでしょうか。元を断たねばならないのですが、三つ子の魂なんとやら・・でそう簡単にはいかないものです。それでも、現代社会を生き抜いていく為には、ストレスを撥ね返す強靭な精神力が必要ですから、性格を治す努力は必要なのです。まあ、これは本人の問題ですから、他人がどうのこうの言える事柄ではありませんわね。精神論云々はさて置いて、ストレスが招く症状を改善してあげることの方が、副腎重点よりもよりストレスから解放することができます。たとえば、腹腔神経叢(太陽神経叢)はストレスの影響をまともに受けます。過度のストレスによりこの神経群が過剰に働き、消化器系を抑制してしまうのですが、この時、背中を押されると内臓が動き出し、身体が楽になった感じを得る人が実に多いものです。或いは、首のつけ根や腕などでも、同じように内臓が動きだして、癒された実感を得るものです。要は、クライアントが如何に深いレベルで癒しを実感するかということですから、副腎反射区にこだわる必要はありません。必要に応じて楽になる部位を探ることが、ひいては副腎を休めることになるのです。

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★ 質問その18 2005/10/10

基本的な質問で申し訳ありません。肩コリのことですが、コリを楽にしてあげても、また、コッて同じような状態で来院する方が多いのです。なんとかならないものでしょうか。(要旨)

答え

“たかが肩コリ、されど肩コリ”
実は、常習的な肩コリを完治させるのは容易ではありません。色んな問題によって起きているものだからです。例えば、頚椎の変形(病的レベルではなくとも)から起きる場合もありますし、肩関節が通常の人より動きが悪い(前方へ出すぎている)場合もあります。また、種々の病気の未病として、出ている場合も多いですし、ライフスタイルからくるものもあります。肩コリというのは一つの症状ですから、それを起こしている原因は様々なのです。或いは、これら複合的な要因によっても起きている場合も多いでしょう。
ですから、“たかが肩コリ、されど肩コリ”というわけです。
さて、この肩コリはあまりにも一般的なため、結構、間違った対処法をして、すぐにコリがブリ返してしまうような事態に陥っていたり、かえってコリを強くしてしまったりする場合があります。これは業者が勉強不足でクライアントに迎合し過ぎているのが問題といえましょう。例えば、クイックマッサージの類のようにコッているところを重点的に手早く施術を行う、などというものは最たるものではないかと思います。確かに、コッているところを重点的に施術すれば、なんとなく、ほぐれた感じになりますわね。それで、術者もクライントも満足といけばいいのですが、後でそのツケが回ってきます。代表的なものは揉み返しでしょう。揉み返しを瞑眩反応であると強弁する業者もいますが、これは瞑眩ではありません。単に筋肉を痛めただけです。これを続けていくと、筋肉は鋼のように堅くなっていきます(強い刺激から防御しますので当然の現象です)。そして、ちっとやそっとではほぐれない通称“アンマ泣かせ”という位、堅くなるのです。いつぞやのテレビ番組でもこの問題を取り上げていました。ある視聴者の例は肩の筋肉が硬くなりすぎて、ビール瓶で殴りつけるように叩かないと効かないという状況になっていて、さすがにこれは私も驚きました。ここまで極端でなくともマッサージジャンキー(中毒)は結構いて、普通の力ではビクともせず、そのようなクライアント専門の施術者がいたりして、完全に療術であることを忘れている姿を見るに忍びないくらいですよ。手技法は慰安娯楽の賤業であると、東洋医学の中では蔑まれてきたのも仕方ないのかな、と思ってしまいます。
少しマシな業者はコッた部分だけではなく、それに関連する筋肉関係や、同じく関連する経絡を考慮に入れ、施術しておりますが、これでも不充分です。
考え方と言いましょうか、原理というものが一本ピーンと通っていなければなりません。
まず、肩コリを抜くためには、抜けていくルートを作らねばなりません。そのルートは大雑把に言って2つのルートがあります(細かいルートは他にもありますけども)。一つは頭、一つは腕です。頭部のツボが閉じていると(オステ的には頭蓋の動きが悪い)、停滞したエネルギーが解放されず、また戻ってきてしまいます。腕も抜けていくルートなのですが、これも昨今、腕を使う作業(パソコン)の増加で抜けていかないようになっていますから、問題があります。結局、頭蓋を動かし、腕のポイントを操作することを忘れた肩のほぐしは、その場しのぎのドリンク剤みたいなもので、いかに安くともそれ以上の価値があるものではありません。

さらに述べてみたいと思います(肩コリって重要ですからね)。普通、肩コリや首コリは後ろ側に感じるものだと思います。まずめったに前頸部にコリを感じたり、上胸部に感じたりはしません(例外はありますよ)。しかし、実際は感じないだけでここにコリがたまっていることが多いのです。陰陽で言うと、前側は“陰”で後ろ側が“陽”ですから、症状は陽に感じることが多い訳です。“陰”まで自覚できるコリを感じるとなると、これは重症ですわ。感じなくて普通なのですが、前述のように“陽”に感じる人は必ず、“陰”にもコリがあります。ここを普通の業者は無視してしまうわけです。前頸部の付け根や上胸部を押圧された首コリ族や肩コリ族はほとんどいないでしょう。しかし、とても大事なところです。増永師は隠れて見えづらい“陰”にこそ原因があると述べています。これも忘れずに施術の対象にせねばなりません。
まだあります。肩関節の拘束を除去しないでいると腕へのルートが生かされませんので、肩関節の可動域を広げます。先に述べた肩関節が前方に出ているタイプには不可欠な操作です。また最近とみに多くなっているのが頚椎の若干の変位です。頚椎のズレから肩コリを起こす場合と肩コリが長く続いて頚椎がズレるというのと2つのタイプがありますが、いずれにしてもほとんどの人が若干のズレを持っているものです。そこで、変位の矯正をするのですが、これは安全なフィジースタイル・ネックセラピーが有効かと思います。(ハードカイロ的な操作はリスクがありますからね)

さて、いよいよ本丸のポイントです。折に触れ(授業や勉強会など)述べているのですが、肩コリには大別して肩井(けんせい)タイプと膏盲(こうこう)タイプに分かれます。
「肩井」とは首と肩関節の中間位にあるツボの名前で、「膏盲」とは肩甲骨の際、真ん中付近にあるツボの名前です。つまり、肩井近辺のポイントを操作することによって楽になるタイプの肩コリ族と、膏盲近辺の操作で楽になる肩コリ族がいるということです。勿論、この複合型も多くて、両方やってもらわないと楽にならないという「族」もいます(私なんかは典型的な膏盲タイプですが・・私事で失礼)。これくらいの理解はないと肩コリには対応できないものです。さらに小別すると、後ろ首の付け根で楽になるタイプ、後頭骨際で楽になるタイプも出て参ります。もうこうなると、肩コリを楽にするというのは、単なる揉み屋の仕事ではなく、独立した一つのセラピーであるということが分かるでしょう。丁寧に施術を行えば、小一時間ほどかかってしまうのです。クイック的なやっつけ仕事や原理を無視した引き伸ばし施術が如何に手を抜いているかということです。手抜き工事は後で重大な事故を招きます。施術も手抜き施術をすると、後々、決してクライアントの為にはならないのです。

さらに言いますと(もう飽きましたか?重要なことですので、もう少しお付き合いください)足ですね。足の施術を行ってから一連の操作をすると、ほぐれやすいですし、長持ちします。昔は足の施術だけで肩が楽になる方が多数派でしたが、今は少数派になってしまいました。(勿論、そのサロン自体の客層にもよりますけど)
しかし、そうであっても尚、足の施術は今も存在意義を発揮しているのです。なにせ、足の操作は「気」が動く。しかも、全身に影響を与えることができます。足も含めると相応の時間がかかります。これが唯一の欠点といえば欠点なのですが、時間とお金がある方には是非、足の施術も含めて薦めたほうがよろしいでしょう。個人的には足をやらずして、いきなり整体に入ることは極めて、極めて例外です。

以上、書いてきたことは大手路面店は逆立ちしても出来ないでしょうね。なにせ時間管理がマネージャーによって厳しく統制されていますし、「限られた時間で最大の満足を引き出せ」というキャッチフレーズは一見顧客中心の考え方のような気がしますが、お店を中心に考えてます。ゆっくりと間を取って圧が全身に浸透していくような施術はやりたくとも出来ないでしょう。ここに個人開業者の生きる道があるわけで、明確な差別化ができるわけです。かくして大手に勤めて、いくら経験を積んでも、余程の意識を持ってやらねば、独立できない、開業できないということになります。なぜなら、利便性のよい大手路面店と同じような施術をして、わざわざ、個人のところまで足を伸ばして来てくれるでしょうか。私が客なら、施術が同じようなものであれば、利便性がよく、安心感のある大手路面店にいきますもの。

余談でした。結論としては、肩コリを軽く考えることは厳禁です。それ相応の理由があってなっているものですから、今述べてきたような考え方で取り組んでください。慣れてくればかなり自信が持てるようになります。そして、完治しないまでも、相当に長持ちするはずです。単なる揉み屋さんでやるのに比べれば、格段の違いがあることは間違いありません。

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★ 質問その19 2005/10/17

ある本の中に、ガンを患い、それを足揉みで治したという体験談が書かれておりました。その著者によると、中国に足揉みでガンを治せるという病院があり、足が腫れあがるほど強い刺激の施術を受けたとのこと。10日ほど継続した結果、血の塊みたいなものが小水に混じり、排出され、そして元気になって帰ってきたというものでした。
このようなことは、実際、あり得るものなのでしょうか。(要旨)

答え

私はその本を読んだことはありませんが、聞いたことはありました。ちょっと、気になっていたところ、たまたま、その著者をよく知っている人が身近におりまして、詳しく知ることが出来た次第です。しかし、直接的には存じ上げませんので、著者と著作についての論評は差し控えさせて頂きます。
「実際、あり得るものなのでしょうか?」という質問ですが、著者がウソをついていないのであれば、実際、あったのでしょうね。普通は、そこまで手の込んだウソを言いませんから、実際あったと仮定して話を進めていきたいと思います。
さて、ガンと一口に言いましても、様々な種類があります。また同じ種類のガンにおいても悪性度というのは違います。かつて、慶應大学医学部講師の近藤誠医師が「患者よ、ガンと戦うな」という著作の中で、「ガンもどき」理論を発表しました。「ガンもどき」とは細胞検査でいかにも悪性度の高いガンのような変性した細胞であっても、その中には、大した悪さをしないガンがあって、そのような種類のガンを切って治したとか、抗がん剤で治したとか、早期発見のお蔭で治せたとか言うのは欺瞞であって、おかしいのではないか、それはガンのように見えるけれども、実は狭義の意味のガンではなくてあえて名前をつけるなら「ガンもどき」と呼ぶべきである・・云々・・というものです。
素人目から見ても、かなり強固なデータと堅固な理論武装が為されており、ガンの最高権威者達との論争を楽しみにしておりましたが、権威者達はカウンターオピニオンをまともに言っていませんし、あれから十年以上経ちますが、近藤医師は自説を曲げてはいません。何故、権威者達はまともに論争しなかったのか。考えられる理由は二つです。一つは論争するに値しない、或いは、取るに足らない拙劣な理論であるから・・もう一つは自分達の立場を脅かすような真実に近い理論であるから・・です。当時はどちらとも言えるほどの知識や経験はなく、なんとも言えませんでしたが、現在は後者ではなかったのか、と思っている次第です。いずれにしても、自然退縮するガンもあり、民間療法等で劇的に治ったという人もいたり、早期発見であるにも関わらず亡くなる人もいるという実態を上手く説明できる理論ではあります。
近藤理論で言うと、病院で「ガン」と診断されたとしても、それは「ガンもどき」かも知れず、そうであれば、実は何もしないほうが(化学療法等の西洋医学的処置)、延命できるものだったのかも知れません。そして、血の塊のようなものが排出されたのをキッカケに回復したというのは、自律神経免疫理論(安保理論)で説明できます。足が腫れあがるほどの強い刺激ということですから、交感刺激であることは間違いありません。何度も書いていますが、交感刺激はリバウンドとしての副交感優位を生み出します。副交感は分泌、排泄系としての役割を受け持ちますから、ガンにしろガンもどきにしろ、まるごと身体から排出されたと考えていいでしょう。体内浄化プロセスが働いたと言えるわけです。
しかし、これも何度も書いてますが、交感刺激がリバウンドとして副交感に向かう体質というのは、実証タイプに限られます。その著者の方が中国まで行ける体力があったという事実からも分かります。ガンが進行することによって虚証になっていれば、とても海外まで行けるものではありません。実証の中の実証、つまり陽実証ではなかったかと思うのです。
ということで、その著者の体験は「有り得る」と言えるのです。しかし、万人向きではありません。この方が、若し虚証であったなら悪化したはずです。延命どころか強い交感刺激に耐えられず、寿命短縮効果しか生まないでしょう。極端な療法というのは体質によって、全く正反対の結果を生み出しますから、東洋医学では体質、即ち「証」というものを重視してきたわけで、そのことを考慮に入れず、自身の体験だけをもとに喧伝するのは、東洋医学的に容認できるものではないのです。

因みにその著者の方は今年の初めに亡くなったそうです。原因はガンの再発とのことですから、「ガンもどき」ではなかったようです。真性のガンだったと考えていいのではないでしょうか。にも関わらず、一時的にせよ、ガンが消え、復帰したという事実・・人間の持つ自己治癒システムの可能性に深い畏敬の念を感じざるを得ません。その可能性を示したという意味で意義深い人生ではなかったかと思います。ご冥福をお祈りしたいと思います。

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★ 質問その20 2005/10/23

腰痛の患者さんがとても多く、良くなる人とさっぱり効果が上がらない人がいます。対処の仕方を教えて下さい。(要旨)

答え

“腰”という字は“月”へんに“要”と書きます。月へんは肉体を現しますので、身体の要という意味で“腰”という字があてがわれているわけですね。人は直立して活動しますので、正に物理的にも“要”であることは間違いありません。この“要”の部分の異常は古今東西問わず、人を悩ませ続けてきました。恐らく、人類発祥以来の問題ではなかったかと思われます。これほど、長い間、腰痛と戦い続けているにも関わらず、決定的かつ特効的な治療法がないというのも不思議な話ですね。民間療法にしても、個人のオリジナル療法にしても、腰痛改善効果を謡うものが多いのですが、100%の確率で成功するものを未だ知りません。腰椎の変位を矯正する方法や骨盤を調整する方法、果ては手術・・etc。治る場合もあるし、治らない場合もあります。HP上にも書きましたが、腰椎部の変位や、骨盤の変位とは無関係に腰痛が発現する例があまりにも多いので、遂に「腰痛は怒り」であるという説を唱えた臨床医(Dr.サーノ)もいます。抑圧された感情の噴出として、腰痛に現われるという説ですね。一種の代償的な痛みと言ってもいいのかも知れません。ここまで至ると、最早、考えられる限りの方法論は出尽くしているような気がします。

質問者は個人で施術院を開業している為、どうしても「歪みの深い」腰痛者が多くなってしまうのでしょう。軽症の腰痛者は大概、立地の良い治療院などで良くなっていますし、或いは、病院の牽引治療などで良くなります。どこに行っても良くならないという人が紹介で来られたりして、そういう人達の施術に苦労するのではないかと思われます。(ホント、大変ですね)
個別の要因は様々でしょうが、一般論として述べてみたいと思います。
陰陽でいうと腰部は“陽”です。ということは腹部が“陰”となります。“陰”に対するアプローチこそが大事である、とは古典の教えるところでもありますから、腹部操作はどうしても必要になるでしょう。経験的にも腰痛者は腹圧が高過ぎするか、逆になさ過ぎて、著しくバランスを欠いている方が多いものです。その調整をせねばなりません。また、消化器系の機能低下は復元力を妨げ、回復を遅らせますから、そういう意味でも腹部リンパ流を改善させ、消化器系の働きを活発にせねばならないわけです。何度も出て来ましたが、「腹は生の本なり」です。さらに腰椎の変位の側面からみますと、ヘルニア(髄核が飛び出す)にしても、亜脱臼(カイロ用語で椎間板軟骨が変形し椎骨そのものがズレル)にしても、腰椎の物理的な構造から言って、後ろに変位するのではなく、前方脱出が多いものです。(レントゲンでは分かりにくいのですが、CT、MRI画像をたまに見る機会があります。それは見事なくらい前方に変位していますよ)前方変位ということはお腹側への変位ということですから、腰椎を背中側から押すと逆効果になり、悪化する恐れがあります。日本の整体も西洋手技(カイロ)の影響を受け、患者をうつ伏せにして操作するようになりました。重症の腰痛者を治せなくなった原因の一つかと思います。
ともあれ、変位矯正においても腹側から行わなければなりません。これについては「腰椎の陥没矯正」ということで、増永師が「あえて秘伝を公開する次第である」として公開しています。(医道の日本社刊、指圧より)しかし、写真を見ただけで出来るようになるのは余程の天才しかいませんね。私も写真だけを見て、コツを掴むのに7年もかかってしまいました。実際に習っても1年くらいの経験は必要かと思います。しかも、正方向の変位だけではなく左右どちらか、やや斜めにズレいる場合もあって、正確な操作というものは難しいものだと実感しております。だからこそ、秘伝なのでしょうけど。これを正確にできるようになるだけで守備範囲は格段に広がるのではないかと思いますよ。まずはこの「陥没矯正」の修得に全力を挙げて頂きたいと思います。

腰への直接的なアプローチは、述べたように、うつ伏せにして垂直方向へ行うことは出来ません。そこで、横向きにして、腰方形筋群へアプローチします。さらに足は腰に影響する経絡が通っていますので、最低でも腎の要穴がある付近(腰の反射区〜尿道、子宮、前立腺、股関節の反射区近辺で圧痛の強い部位)、足心の前後は操作したほうがいいでしょう。

数回の施術で全く改善が見られない場合は、全然、違うところに原因があります。施術百話でも紹介したように内臓のどこかに炎症を持っているか・・
或いは、Dr.サーノが言うように鬱屈した感情の噴出なのか・・
前者は医者へ、後者は、う〜ん、難しいなぁ、日本では、精神分析医にかかるのは一般的ではありませんからね。でも、足の施術を行うと、感情の解放が起きることがありますので、足揉み一本に切り替えて継続するか・・でしょう。

蛇足になりますが、ある腰痛の患者さんで「どんな治療よりも、どんな痛み止めの薬よりも、精神安定剤が、一番腰痛に効く」と言った方がいらっしゃいます。サーノ症候群(これ私の造語)は決して少ない症例ではありません。だからといって安定剤を薦めるわけにもいきませんしね。日本でもそいうことに理解ある精神科医や臨床心理士が増えてくれればと思うのですが・・実は私も困っているところです。

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★ 質問その21 2005/11/5

腰痛は腰痛で苦労する事例も多いのですが、坐骨神経痛にはホトホト手を焼きます。これを楽にする方法はないものでしょうか。
(要旨)

答え

遂に来ましたか・・坐骨神経痛ですね。最近の坐骨神経痛には、おっしゃるとおり手を焼きます。ほとんどの場合、腰椎の変位によって坐骨神経を圧迫し、訴に至るものと言われております。しかし、最近では腰椎に見るべき変位がないのに、神経痛を起こすケースが増えてきていて、複雑な症候群の一つと申せましょう。腰の問題であることは確かなのですが、腰部周辺の操作を行っても改善が見られず、途方にくれる場合もあります。整体の世界では、これを梨状筋症候群(臀部の深層筋、仙骨と大腿骨頭を結ぶ筋肉の異常)と呼んで、臀部にアプローチすることが多いようですが、これでも改善感が今ひとつ・・というケースもあるわけです。
その場での改善感がある程度ありませんと、クライアントは満足せず、粘り強く通ってくることは少なくなってきていますね。あちこちと通う場所を変え、経済的な問題も絡んで、保険の利く治療を選択して、完治もせず、なんとか誤魔化しながら日常生活を送っているという方がたくさんいらっしゃいます。そこで、我々の出番とばかりに気張ってみても、そんな簡単に治るなら、もうすでにどこかで治っているはずで、気負いばかりが空回りする・・この悪循環に陥った施術者は、もう、こんな仕事は嫌だ・・と、治療系を放棄して慰安系に移行したりします。現在、坐骨神経痛は「施術者殺し」とも言われているくらい複雑な様相を呈しているケースが多いものです。逆に坐骨神経痛系の疾患にツヨイ施術者は、なんとか治療系でやっていけるということになるわけです。

私も、様々なケースを見てきました。坐骨神経痛一つとってみても、時代とともに変化し、単純ではなくなってきております。昔は坐骨神経痛の特効穴といわれる、殷門というツボを適圧で押しただけで、改善されたものが、今ではそんな程度では改善しないというケースが増えてきたのはいつ頃からだったのか?おそらく10年位前くらいでしょう。
さて、様々なケースにおいて、当然、様々な方法を試みるということは必然ではあります。
私も例に漏れず、様々な方法を試してきました。
結論からいうと、複雑な原因によって訴に至っている坐骨神経痛は、単一の方法論では難しいということになります。ですから、複合的なアプローチをとるわけです。一種のカクテル療法ということになりましょうか。腰部、腹部、臀部は勿論のこと、もっとも重要な部位は股関節でしょう。標準的なアプローチの仕方は、まず足裏を中心とした足部を入念に操作します(これによって他の操作が格段にやりやすくなる)。次に腹部。腹圧の調整という意味では腰痛と同じです。そして、腸腰筋(脊椎と股関節、大腿骨骨頭を繋ぐ重要な筋肉)へのアプローチ。これはストレッチ系も入れると緩みや過緊張が取れやすいものです。さらに大腿直筋起始部への押圧。深層外旋六筋への操作(ストレッチ、回転動作、押圧が組み合わさる)。とまあ、こんな感じです。それに、人によって、腰方形筋へのアプローチを加えたり、加えなかったりと、漢方でいう、さじ加減に似た概念で臨みます。適当な言葉がないので共通語としての筋肉名を挙げていますが、挙げていない筋肉群への影響もあるわけで、要は、股関節周りのアンバランスを解消することが目的です。これは単に押圧だけでも、単にストレッチだけでも、単に運動操作だけでもダメで、複合的な手技になるわけです。文章で書くとややこしいのですが、見れば簡単です。これら、一連の操作は筋肉群のみならず、例えば、仙骨、脊椎等、骨格にかなり影響を与えるものと言えるでしょう。

腰痛を伴う症状には、少し慎重に臨みます。腰椎部の炎症を惹起しかねないような操作、例えば、腰部への直接的な刺激などは、一時的に炎症を強める可能性があるからです。この場合、頚椎との同期現象を利用し、頚椎操作により、間接的な影響を腰椎に与えてもよろしいかと思います。
人は多様な個性を持っているのと同じように、多様な身体を持っています。少しでも、多様性の中に共通性を見出し、操作を行うということになります。

いずれにしましても、坐骨神経痛症候群(あえてこの呼び方で言います)のポイントは股関節であって、それに影響を及ぼす、深層外旋六筋への操作が不可欠と言えるでしょう。
これで、寛解若しくは改善なき者は、余程歪みが深いと言わざるを得ません。別の手を考えます。

※ 深層外旋六筋
(梨状筋、上双子筋、下双子筋、外閉鎖筋、内閉鎖筋、大腿方形筋の6つ。仙骨、坐骨から大腿大転子をつなぐ重要な筋肉群。深層筋であるため、皮膚表面から触れることはできません)

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★ 質問その22 2005/12/31

ホームページのどこかに頭が閉じるとありました。頭のリズミック・インパルスが正常じゃなくなると。その原因として帝王切開も挙げられていたと思うのですが、実は自分の子は帝王切開で生まれているのです。不安です。どうしたらいいのでしょう。

答え

「塾長お奨め講座」のところで触れておりましたね。別に不安をあおるつもりで書いたものではなくて、ごくありふれた現象から起き得る、または生まれた瞬間に病の原因が作られてしまうこともあるという趣旨です。幼年期というのは大人と比べて、組織が柔らかいので、随分とリズミック・インパルスが回復しやすいものです。まだ、頭蓋縫合が閉じていませんしね。帝王切開で生まれたということであれば、間違いなく正常かつ自然分娩で生まれた子よりもリズミック・インパルスが弱いはずですが、4〜5歳くらいまでの間に全く正常になるケースも多いのです。何故かといいますと、可愛い子供ですから、母親はいうに及ばず、父親、じいちゃん、ばあちゃんまで可愛い、可愛いと言って頭を撫でますね。実はクラニアル・リズミック・インパルスというのはそうした愛情のこもったソフトなタッチが一番改善を促すのです。特に幼児期はそうです。大人の場合はもう一工夫いるのですが・・貴方のお子さんはどうでしたか。可愛がられて育ちましたか。まず、自分自身がよく頭を撫でていましたか。父親、じいちゃん、ばあちゃんはどうですか。よく頭を撫でていたようですか。若し、可愛がられていたのでしたら、帝王切開については心配ありません。子供の頭を撫でるという行為は本能的で適切な治療行為なのです。若し、そのような記憶がないようであれば、連れて来てください。CRIをみてみましょう。

余談になりますが、生物、特に哺乳類は親のスキンシップが必要だと言われています。舐めたり、触ったりと・・ある時期、そのような行為が為されなかった幼体は死んでしまう場合さえあると言われています。人もまた同じで、いかに幼児期のスキンシップが重要であるかという例にもなるでしょう。可愛がられるどころか、虐待を受けたり、全く顧みられることのない子供達は成長も遅いですし、精神的にも不安定であることが多いようです。
恐らく、リズミック・インパルスも正常ではないでしょう。
私も引退して余裕があれば、全国の施設などを回って、ボランティアで子供達にクラニアル・マニピュレーションをしてあげたいと思っております。

IQだけがその人を計る尺度ではありませんが、クラニアル・マニピュレーションは、子供のIQ値を高めるという統計もあります。平均で20ほど上がったということですから、結構、凄い効き目ですね。子供の頃からの足揉みはどちらかというと、運動能力を高めます。
イチロー選手の例が有名ですね。クラニアル・マニピュレーションは知能指数を高めるということになれば、運動が出来て、頭もいいというお子さんに育つわけですから、親としてはこれほど、嬉しいことはないでしょう。過保護にする必要はありませんが、ガミガミと叱るよりも、足を揉んであげたり、頭を触ってあげたりしたほうが、素直でいい子に育つことは間違いないと思います。(しつけは大事ですが)

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★ 質問その23 2006/4/6

HPの更新楽しみにしております。いつも参考になって助かっています。最近Q&Aの更新がありませんでしたので、思い切って質問しました。肩コリの原因の5個のタイプ、勉強になりました(雑感27)。噛み合わせの問題も原因の一つだと思うのですが、如何お考えでしょうか(要旨)

答え

なるほど、なかなか鋭いご指摘です。10年以上前から、噛み合わせの問題からくる肩コリやその他の不調が問題になっていますね、確かに・・。たまたま、増永師の分類には含まれていませんでしたので、私もあえて触れませんでした。しかし、ご指摘のとおり、噛み合わせの狂いからくるものもタイプの一つとして入れて置いてもいいような気がします。北海道時代のお客様で、いつも噛み合わせを気にして、肩コリ、不調を訴えていた方がいました。その方、ややウツの気味があり、すこし強迫観念症もあったようで、いつもいつも気にしていたものです。そして、噛み合わせ専門の歯科医に診てもらう為にわざわざ東京まで行き(北海道から!)、治療を受けていました。それでも少しも良くならず、身体の不調は精神的なものからではないかな、と私は思っていたのでした。今は、それも確かにあったとは思うのですが、やはり噛み合わせも大きな問題だったのではと思っています。それ以降、それに類似したたくさんの症例を診てきているからです。雑感では、眼科医が肩コリのエキスパートになるんじゃないかと述べておりますが、歯科医もまた肩コリのエキスパートになるのではないかと思っているのです。しかし、ご多分にもれず研究している歯科医は少数でしょう。一部ですが、クラニアル・マニピュレーションを取り入れ、頭蓋を合わせてから型をとって、入れ歯なりを作るところも出てきていると聞き及んでいます。頭蓋がズレたまま入れ歯を作っても、最初からズレた入れ歯になる可能性がありますものね。

経絡的には、顎関節支配系は脾経になります。だから、足で操作も出来るのですが、いくら足が色んなものに効くとは言っても、顎関節までに影響を及ぼすにはちょっと遠い。古典経絡だと、上肢に脾経を認めていませんしね。しかし、同じ太陰経の肺経が通っているのと、増永経絡ではそのものずばり脾経を上肢に認めているわけです。噛み合わせの問題に対処する重要な手がかりを遺してくれています。これで、何人か顎関節症様な人の症状を軽快させたことがあって、先人には本当に頭が下がります。勿論、脾経だけが支配しているわけではなく、肺、大腸経、胆経、三焦系なども支配に参加しているわけですが、脾経、胆経を上肢上に認めているというところがやり易い。
胆経や三焦系はいずれも頭蓋・冠状縫合上を横切りますし、側頭骨縫合とも関連が深いのでクラニアル的手技の東洋的な根拠ともなります。いずれにしても、多少のズレは手技によって改善できるというのが経験則からの結論です。歯科的矯正が必要な場合は歯科医の分野となるでしょう。その場合もクラニアル・マニピュレーションで一端合わせてから、若しくは合わせながらの治療が望ましいと思います。専門家ではないので論評はできませんが、クラニアル・マニピュレーションを取り入れている少数の歯科医グループは、インプラントに一様に反対しているようです。人工的に埋め込んだ歯根は微細な動きがなくなり、調整できないということを知っているのでしょう。

というわけで、質問者のご指摘は正しいと思うわけです。これをタイプYとでもしておきましょうか。勿論、その他のタイプと複合された症状もあることは当然です。対応は述べたとおり、上肢への経絡的なアプローチ、頭蓋へのマニピュレーションといった複合手技となるわけです。

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★ 質問その24 2006/6/15

お客様が観光旅行中、足で踏んでもらうマッサージを受けて、とても気持ち良かったと言っていました。身体というのは足で踏んでも問題ないのでしょうか。(要旨)

答え

自分のやっていることにケチをつけられると腹立たしいですから、明らかにおかしいと思うこと以外は、他所様がやっていることにケチをつける筋合いのものではないですわね。ですから一般論として述べてみたいと思います。
“生命波動”という言葉を聞いたことがあると思います。曰く、波動の高い人は霊性が高いとか,徳が高いとか・・・etc.それに言及する立場でもありませんし、専門家でもありませんので、詳しく論じ得ません。ただ一つ経験的に言えるのは、同じ人でも、それを波動といっていいのか、若しくは周波数といっていいのかは分かりませんが、身体の中で、その違いがあります。足を中心とした下半身は周波数が低いのです。それに対して上半身、しかも上へいくほど高くなります。これは私だけの独断でもなく、フルフォード博士も植物を例にとって述べているところです。曰く、根や茎に比べ花や実の周波数は明らかに高い・・・と。アロマエッセンスやフラワーエッセンスなどの療法がその核になる部分を花や実から抽出する、という事実からも何となく理解できるのではないでしょうか。
さて、そのような周波数の低い(一番低い)足裏で人様の身体を踏むということは、昔から基本的に下半身に限定してきたものでした。増永師も膝などを使いますが、やはり下半身へのアプローチです。足裏も使いますが、これは足裏に対してのものに限定されているようです。
手という高い周波数を持つもので行うので「手当て」というわけですが、実は手で足を揉むというのは結構大変なのです。低い周波数の部位は反応が鈍いわけで、だからこそ、他の部位に比べ、若干の刺激の強さが必要になるわけです。頭部への操作は、5gタッチという言葉に代表されますように、さほど物理的刺激が必要ありません。ですから、足揉みは角度や位置などが完全に把握されているのなら、道具を使って押圧してもいいのではないかと思うわけです(棒でこするのはどうかと思いますけど)。
話が少しズレました。もとにもどしましょう。
結論的にいうと、足で人様の身体を踏んでもいいですが、やはり、下半身に限定すべきものと思うわけです。首や頭は論外ですわね(物理的にできませんけど)。個人的には胸椎から上はやってほしくないなぁと。「手当て」という言葉があって「足当て」という言葉がないというのもやはり、患部に対して生命波動の高い手でこそ効果があるということなのでしょう。私の関係者にも足踏み療法を行っている人たちがいますので、この辺でご勘弁を。

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★ 質問その25 2006/6/15

道具を使って足を揉んでもいいのですか。前回の回答の中にそのような趣旨が書いてあって驚いたのですが・・(要旨)

答え

答えは二通りあります。“それはよろしくない”というのと、“勿論、よろしいですよ”正反対の答えなのに、実は両方とも正解です。そのココロはなにか?
手で行うことのメリットはダイレクトに相手の肉体を感じ取れるということにあります。フルフォード流に言えば、生命力、エネルギーブロックを感じ、指が勝手に自動補正され、理想的な角度や位置を掴まえることが出来るわけです。非常に俗的な言い方をすると、シコリがあって、それが溶けていくような感じとか、緩んでいくような感じとか、そのような感覚を得やすいわけです。ですから、まずは手で行うことが肝要なのです。しかし、先の回答でもお話したように、足は波動が低い。ですので、ある程度の物理的刺激量が必要となります。効かそうと思いますと、結構、疲れますね。そこで道具を使うということになるわけですが、無条件にというわけではありません。前述のように位置や角度が自動補正されるくらい手での施術経験があれば、ということです。そこまで揉み込んだ経験の持ち主なら、道具が自分の身体の一部のように感じ、その道具を通して、手で行っているのと同じような情報を道具を通して感じ取ることができます。また、タッチも侵襲的ではなく、馴染むようにファッとした感触を与えることも出来るでしょう。つまり受け手には異物感を感じさせず施術することが可能です。ですから、全部というわけにはいきませんが、部分的に道具を使ってもいいわけです。繰り返しますが、手での経験がないと使いこなせないですよ。しかも単純推圧系に限定すべきだと思います(多少の折衷はいいですが)。

これは一般的な見解とは逆ですよね。一般的には初心者が手で足を揉むなんて大変だから、棒なり、道具を使って施術経験を積んで、それに慣れてから手で行いましょう、なんていうところが多い。素人の域から出るつもりがないのであれば、全然構いませんけど、少なくともプロを目指すのであれば、大変であっても手での感触を得てから、道具を使うべきだと思います。

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★ 質問その26 2006/6/15

施術百話で五十肩の方がその後どうなったのか気になります。忘れなかったら・・・と記述されておりましたが、あれから随分経ちますので、教えてほしいのですが・・・(要旨)

答え

中々、チェックが厳しいですね。下手なことは書けないなぁ。マニアな人たちが読んでますものね。このHPは。
勿論、経過は順調ですよ。ライフスタイル的には非常に肩に良くない環境にいるのですが、その割には順調です。肩の痛みはなくなりました(動かさなくても痛かったんですよ)。そうですね、あれから5回くらい施術してますね。肩自体も挙がるようになってきました。歪みもかなり矯正されつつあります。もう少しというところです。

この方、ダブルバインド(二重拘束)ということは記してあったと思いますが、これはキツイですよ。極端に悪化することがありましてね。そうなると、首から肩にかけて痛みで動かなくなるんです。これはツライですわね。この辛さだけは、今取ってあげないと、と思うじゃないですか。そうすると、自分の首にまでビリビリくるくらい集中して施術することになるわけです。でも、楽になってくれれば疲れも吹っ飛びますわ。
今後、気圧や感情の諸条件によって、変化はあるにしても、全体的に回復に向かっていることは間違いありません。

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★ 質問その27 2006/12/22

軽い腰痛と大腿外側の痛み、そしてシビレがある人がいます。これは坐骨神経痛の一種でしょうか?対処はどのように行えば良いのでしょうか?(要旨)

答え

外側に症状が出るというのは、珍しいとまでは言わないまでも、多数派ではありませんですね。
それでも、坐骨神経痛症候群の一つではあるでしょう。それが椎間板のヘルニアから来ているものなのか、筋筋膜の異常、圧迫からきているものなのかは、文面だけでは分かりません。しかし、筋筋膜異常にせよ、ヘルニアにせよ、対処法のファーストチョイスは同じです。即ち、三関節原理を使えば良いのではないかと思います。足関節、膝関節、股関節の自由度を回復させることによって、それら、若しくは腰への負担が軽くなります。三関節の自由度、可動域を広げる過程において、筋筋膜へのアプローチも当然ながら充分に行われるので、筋筋膜異常であったとしても対処できることになるわけです。因みに筋筋膜異常からくるもののほうが予後は良好です。ヘルニアだとすれば、個人差、状態にもよりますが、多少時間がかかるものと思ってください。なぜなら、治癒過程において2段階必要になるからです。腰への負担が少なくなる→復元しやすくなる→改善、という具合に。その復元にどれくらいの時間がかかるかは全く予測できません。その人の病勢、体質、ライフスタイル等が影響しますので。

いずれにせよ、三関節原理は腰から下の症状にはよく効果を発揮する優れた方法の一つだと思いますので、充分練達するべく研究して頂きたいと思います。

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★ 質問その28 2006/12/22

最近、美容整体の分野でヒップアップを謳い文句にしたサロンをよく見かけます。実際、そのようになるものなのでしょうか?(要旨)

答え

一時的に効果があります。臀部の筋肉量と質が同じだと過程すれば、何がヒップをアップさせたりダウンさせたりしているのでしょうか?これは2つの要素から成っているのです。一つは腰椎の前湾具合。そしてそれに伴う、骨盤の前傾具合です。腰椎の前湾が強いほど、また骨盤の前傾が強いほどヒップアップされます。様々な筋群が関係しているのですが、腰椎の前湾に直接的な関係を持っているのは腸腰筋で、これが背骨の前側と股関節を繋いでおります。この筋肉がしなやかな柔軟性を持っていると、腰椎の前湾が維持され、加齢による腰椎の後湾を防いでくれるわけです。歳をとるとヒップが垂れてくるのは全て臀部筋の垂れのせいばかりとは言えないのです。腰椎の後湾が起きてくると、腰痛のみならず、足が上がりづらくなり、よくつまずいたり、転んだりするのは腸腰筋が股関節を屈曲(足を上げる)させる筋肉だからなのです。一方、大腿部の裏の筋肉群、通称ハムスト筋と言われている筋群は、骨盤を下方向に引っ張る作用があります。従いまして、このハムスト筋群が萎縮し伸びが悪いと常に骨盤を下に引っ張り、骨盤が後傾してきます。
このように、腸腰筋、ハムスト筋のバランスの悪さによって、腰椎の前湾、骨盤の前傾が維持されず、所謂「タレ尻」という状態になるわけです。
そうすると、これらの筋群にアプローチし、良きバランスを取り戻せたとしたら、当然ながらヒップアップされることになるでしょう。

しかしながら、O脚も同じなのですが、それに至っている年月とその人特有の身体のクセなどを考えると、その効果が一定期間以上続くとは思えません。当然、一回きりの施術ではなく、何回かの施術がセットになりセット販売されることになります。それとて、日常的なクセを直したり、筋力トレーニングを継続的に続けねば、結局、元に戻ることになるでしょう。本人が努力を惜しまないという前提に立って、施術者がその手助けをするという考え方なら意義のあることだと思います。

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